龍神様を追いかけるほど、遠ざかってしまう理由
Published about 2 hours ago • 1 min read
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龍神様とご縁を結びたい。
神気を感じられるようになりたい。
もっと流れの良い人生を歩みたい。
そう思って、
神社へ行ったり、
祈りを学んだり、
さまざまな方法を試している方もいると思います。
けれど、
こんな経験はないでしょうか。
神社へ行った直後は、
とても清々しい。
「よし、ここから変わろう。」
そんな気持ちになる。
ところが、
数日経つと、
またいつもの不安が戻ってくる。
仕事に追われ、
人間関係に悩み、
気づけば、
参拝する前と同じ自分に戻っている。
そしてまた、
「もっと強い神社へ行った方がいいのかな。」
「もっと何か学ばないといけないのかな。」
と、
次の何かを探し始める。
でも、
天赦音では、
少し違う捉え方をしています。
それは、
神気は、追いかけるものではなく、宿るもの。
という考え方です。
では、
なぜ一時的に整っても、
また元へ戻ってしまうのでしょうか。
一つの理由として、
私たちは、
「受け取ること」ばかりを考えてしまいやすい
からだと思っています。
良いエネルギーを受け取りたい。
運気を受け取りたい。
ご利益を受け取りたい。
神様から力をいただきたい。
もちろん、
受け取ることが悪いわけではありません。
でも、
祈りには、
もう一つの方向があります。
それが、
「奉納する」
という方向です。
天赦音では、
この二つを、
「音霊」と「言霊」という言葉で捉えています。
音を聴く。
響きを受け取る。
呼吸が静かになる。
意識が整っていく。
これが、
音霊によって受け取ること。
そして、
自分自身の声で、
祝詞や祈りの言葉を響かせる。
自分の意志を、
言葉として外へ差し出していく。
これが、
言霊によって奉納すること。
受け取るだけでもない。
与えるだけでもない。
音霊で受け取り、言霊で奉納する。
この循環を、
私はとても大切にしています。
そして、
これは神社にいるときだけの話ではありません。
例えば、
普段の自分の言葉を、
少し観察してみてください。
「どうせ無理。」
「私なんて。」
「難しい。」
「またダメだった。」
誰かに言っていなくても、
頭の中で、
自分自身へ何度も語りかけていることがあります。
反対に、
「今日は、これだけやってみよう。」
「焦らなくてもいい。」
「いただいたご縁を大切にしよう。」
そんな言葉を、
静かに自分へ向けることもできます。
言葉は、
その瞬間だけで消えるものではありません。
何度も繰り返しているうちに、
ものの見方や、
次に選ぶ行動にも影響していきます。
だから、
特別な祝詞を覚えることより前に、
今日からできることがあります。
自分が普段、どんな言葉を使っているのか観察すること。
まず一日だけ、
やってみてください。
何かを変えようとしなくて構いません。
「あ、今こんなことを自分に言ったな。」
と気づくだけです。
それが、
言霊を意識する最初の一歩になります。
実は今日お話しした内容は、
私が制作している
「龍神覚醒講座」
の第一章、
「言霊・音霊の門を開く」
その第一話でお伝えしているテーマでもあります。
龍神覚醒という名前を見ると、
「龍神が見えるようになる講座?」
「特別な能力を身につけるもの?」
と思われるかもしれません。
でも、
私がこの講座でお伝えしたいことは、
少し違います。
自分自身を整え、祈りを実践できる人になること。
その入口として、
言霊と音霊についてお伝えしています。
第一話については、
いずれ皆さまにも、
実際に体験していただける形でご紹介できればと思っています。
準備が整いましたら、
このメールでもお知らせしますね。
それまでは、
今日一日だけ。
自分の言葉を、
静かに観察してみてください。
龍神を探すより先に、
まず、
自分が毎日響かせている言葉へ目を向ける。
そこから始まる祈りもあると思います。
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