お彼岸の本当の意味を、知っていますか?
Published 10 days ago • 1 min read
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こんにちは。 天赦音の処方箋です。
気がつけば、
少しずつ風がやわらぎ、
秋の気配を感じる季節になってきました。
この時期になると、
お墓参りへ行かれたり、
ご先祖様へ手を合わせたりする方も多いのではないでしょうか。
でも、
ふと考えたことがあります。
なぜ日本人は、お彼岸になると手を合わせるのでしょうか。
実は、
昔の人にとってお彼岸は、
「お願いをする日」ではありませんでした。
ご先祖様へ感謝し、
命のつながりを思い出し、
そして、
今を生きる自分自身の心を見つめ直す日でもあったのです。
私は、この考え方がとても好きです。
私たちは普段、
「もっと豊かになりたい。」
「もっと幸せになりたい。」
と願うことが多いものです。
もちろん、
それは自然な願いです。
けれど、
昔の人は、
願いを叶えることよりも前に、
「徳を積むこと」
もとても大切にしていました。
誰かのために祈ること。
ご先祖様へ感謝すること。
見返りを求めず善い行いを積み重ねること。
そうした積み重ねを、
「陰徳(いんとく)」と呼びます。
人知れず積まれた徳は、
やがて巡り巡って、
自分自身の人生も照らしていく。
そんな教えが、
日本には古くから受け継がれてきました。
そして、
お彼岸には、
その陰徳について、
もう一つ大切な教えがあります。
それが、
施餓鬼供養です。
施餓鬼というと、
亡くなった方への供養と思われるかもしれません。
もちろん、
それも大切な意味です。
ですが、仏教では、
「餓鬼」とは、
亡くなった存在だけを指す言葉ではありません。
「もっと欲しい。」
「もっと認められたい。」
「もっと満たされたい。」
終わることのない欲望。
その心の状態もまた、
餓鬼の世界だと説かれています。
だから施餓鬼とは、
亡き方への供養であると同時に、
今を生きる私たち自身の心を整える祈りでもあるのです。
この考え方に出会ったとき、
私は、
「供養とは悲しみの時間ではなく、慈悲を育てる時間なのだ」
と感じました。
今年のお彼岸は、ぜひ
お願いごとをする時間ではなく、
感謝を思い出す時間として過ごしてみませんか?
そこで、
お彼岸のこの季節
毎日一通、
「陰徳を積む祈りの便り」
をお届けします。
難しい修行ではありません。
今日できる小さな慈悲。
今日できる感謝。
今日できる奉納。
そんな小さな実践を、
一緒に積み重ねていけたら嬉しく思います。
▼「陰徳を積む祈りの便り」はこちら
クリックしてくださった方へ、
第一日目のメールをお届けいたします。
今年のお彼岸が、
あなたにとって、
静かに心を整える時間となりますように。
合掌
天赦音の処方箋
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